














城巡り 大阪 岸和田城編
日本の城巡り 大阪 岸和田城編
※元大阪人である東京育ちの僕(大阪人だけど大阪人が嫌い)が大阪に帰ってきた出来事
省略 戦国時代において岸和田城は大坂城の南の守りとして重要な役割を果たしたお城です。
別名千亀利城(ちきりじょう)とも言います
1820年代に一度落雷で燃えてます。そしてなんとか復興し、今のお城となっています。
僕はあまり大阪に良い思い出が無いです。
はっきり言います、大阪嫌いです。全国の城巡りのスタンプを集めに嫌々来訪。
大阪人から話しかけられたらブチギレながら話してます。
岸和田は南大阪1番に治安が悪い地域で有名です。
大阪は北と南で人柄が全然違います。
それぞれ北大阪、東大阪、西大阪、南大阪で分かれます。
また大阪でも方言が微妙に違う地域もあります。
泉南から河内長野は口がより悪い事でこれもまた有名です。言い方はキツイですが本人たちは当たり前の感覚なので口の悪い変なやつに遭遇した場合、「あっそ」ぐらいの気持ちでほっといたらいいです。
北の人たちはまだお上品な方でまだ配慮がある方で皆んなが思っているザ・大阪というイメージが強い場所です。
店がかなり多く、物珍しいものがたくさんあります。
観光スポットは美術館、通天閣、大阪城など色々。
一方で南の方はめちゃくちゃガラが悪いところで有名です。住吉あたりからもう田舎な感じです。
指定都市ではあるものの中身がちょっと残念な方が多いです。田舎なんで仕方ないことですが。これだけは注意しときます。
夜遅くに絶対に出歩かない事をお勧めします。
また西成から下の岸和田まではヤクザが多かった事もありまだまだ治安が悪いままらしいです。
僕は学生時、ここに越して精神病んだことがあります。
元々生まれは大阪ですが途中東京育ちでまた大阪に帰ってきた感じです。(そして又成人後に他県へ引っ越し)
10代で10回以上引っ越してます。親が重度のADHDで中々住まいが定着しないのが原因です。
また地車は走るものでありませんでした。
アホみたいに爆速で走るようになったのは昭和時代からです。
岸和田の地車は「掟破り」です。
元々は「歩く」ことで神様への祈願や感謝を伝える神聖な地車でしたが今では毎年死亡者が10人に一人ぐらいは出るという命を軽視した危険な穢れ場になっています。
この事はすでに地域の警察の方々も承知の上で一度場の中止をしようとしたもののアホの人々たちが反対をし出したため危ない地車祭が再開されました。
YouTubeなどで「岸和田 だんじり」と検索すると危なさが分かります。元大阪出身ですが大阪人として本当に恥ずかしいです、同類と見られたくありません。
(僕はここの部分ははっきり言います)
地車の文化が残ったのは戦後からです。
焼け野原となった地に人々が復興を願い地車を担ぎ歩き切ったことで地車の文化が残っています。
人の命を軽々しく危険を顧みずアホみたいに走り回ってするような行事ではありません。
引手も女性は参加できないのですが普通に引いておられます。引手は少子化の原因で不足しているのですが岸和田の人間が各地に散らばっているだけでした。派遣みたいな感じで補助しています。
殆どの日本の神聖な行事は男尊女卑の風潮もあってほとんどが男性主体です。
地車を間近で見る際はガードレール付近は近づかない事をお勧めします。また神輿からかなり離れてください。
神輿が引っかかってよく倒れるのでそこらにいた人達が巻き添えを喰らいます。
僕は走りではなく昔の「歩く神聖な地車」に戻してほしいと願っています。本当に死亡者が出るので皆んな人が死んで当たり前という感覚が狂ってる。もし子供があのような事故で亡くなったらどうするんだろうとヒヤヒヤします。ああやって他人の命は軽視するくせに我が子がやられたら更に矛盾した言い争いの予感がします。
これを「自意識過剰」と言うんですよね。
我が子が殺されても文句は言えませんね。
おまけに岸和田城の近くには鉱石屋さん、和菓子屋さん、高級なレストラン(予約制)、自然資料館、岸和田市歴史的まちなみ(古民家が並んでいます)、有名神社、
地車会館などがあります。
また少し遠いところにタコ坊主モナカは美味しかったです。
最近押し売り行為もあるので気を付けてください。
僕はその際またブチギレました。